2025年の「人手不足」倒産は397件となり、4年連続で過去最多を更新しました。少子高齢化による生産年齢人口の減少に加え、賃上げ競争の激化を背景に、生産性の向上や人材確保は企業の存続や成長を左右する重要な経営課題となっています。こうした事業環境では、不動産は単なる事業基盤ではなく人材確保や生産性向上、企業成長を支える経営資源としてその役割を高めています。「人手不足が企業不動産、企業経営を変える」と題し、以下の3部構成で解説します。
第1部 倒産要因と人手不足
第2部 人材確保と生産性向上を支えるCRE戦略と国内回帰
第3部 経済政策が不動産マーケットに与える影響
第2部では、人材確保と生産性向上を支えるCRE戦略と国内回帰について解説します。

永濱 利廣(ながはま としひろ) Toshihiro Nagahama
株式会社 第一ライフ資産運用経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
担当:内外経済市場長期予測、経済統計、マクロ経済分析
人手不足時代の企業経営において、不動産は単なる「事業を行う場所」や「バランスシート上の固定資産」にとどまらない。優秀な人材を引きつけ、定着させ、かつ1人当たりの生産性を向上するための「重要な経営インフラ」である。
企業が存続し成長を遂げるために不可欠な、新たなCRE戦略の主要領域は以下の4点に整理できる。
①駅近・高機能オフィスへの投資
リモートワークが定着した一方で、「集まって協働する場」としてのオフィスの価値が再認識されている。特に若手人材の採用において、オフィスの立地や快適性、共用スペースの充実度は内定辞退率を左右する指標となった。郊外の自社ビルから利便性の高い都心駅近ビルへ移転する「フットプリントの最適化」を同時に推進する動きが加速している。ここで、フットプリントとは、企業が利用している不動産の総面積や立地の広がりのことである。フットプリントの最適化のためのCRE戦略は、例えば、地方に分散していた5つのオフィスを2拠点に集約したり、稼働率50%しかない支店を統廃合したり、老朽化した複数のビルを売却して本社に統合するなどがあげられる。
②物流施設・工場の自動化・省人化投資
「2024年問題」に象徴される物流トラックドライバーの不足や、工場作業員の高齢化に対応し省人化を実現するため、従来の「単なる倉庫」から「マテハン機器・自動搬送ロボット・AI検品システムを前提とした高機能物流施設」への建て替え・移転が相次いでいる。これらの自動化設備は重量物の設置や大量の電力供給、高効率な搬送動線を必要とするため、既存施設では対応が難しいケースも少なくない。床荷重、天井高、受変電設備容量を十分に備えた次世代型CREへの投資が、事業継続の生命線となっている。
③社宅・寮・福利厚生施設の再評価
インフレに伴う生活コストの上昇に対し、直接的な手取り額を増やす手段として「借り上げ社宅」や「高機能な社員寮」の提供が強力な差別化要素となっている。住宅手当の給与支給に対し、企業が不動産を借り上げて低廉で提供する社宅制度は、従業員の実質的な可処分所得を高め、離職率を低下させるCRE施策として再評価されている。
④研修施設・イノベーション拠点の構築
リスキリングや従業員教育の場としての研修施設、ならびに社外パートナーとの共創を生み出すイノベーション拠点の整備も重要である。特に、大学や研究機関との共同研究、自治体との地域課題解決プロジェクト、スタートアップ企業との連携など、官民学が協働するオープンイノベーションの場として機能させることで、新たな事業機会や技術革新の創出が期待できる。従業員に成長機会と多様な学びの場を提供できる企業こそが、人材力を強化し、長期的な人材確保競争において優位に立つことができる。

近年、製造業を中心にグローバルサプライチェーンの見直しが進み、海外生産拠点から日本国内への「国内回帰」の動きが急速に高まっている。この背景には以下の要素が挙げられる。
•地政学リスクの顕在化
米中対立の長期化、台湾海峡を巡る緊張の高まり、さらには地域紛争の激化に伴い、特定国への過度な生産依存は致命的な経営リスクとなった。半導体、蓄電池、重要鉱物、医薬品などの戦略分野を中心に、経済安全保障上の要請から国内での供給網完結が急務となっている。
•歴史的な円安水準の定着による国内生産の優位性
為替相場の構造的変化(円安傾向の定着)により、日本国内での製造コストが相対的に低下した。海外で生産して輸入するよりも、日本国内で生産して国内需要に充てる、あるいは輸出する方がコスト効率および粗利率の観点で極めて優位な状況が生まれている。
•海外の人件費高騰と品質維持の困難さ
アジア新興国における賃金水準の急激な上昇により、「海外=低コスト」という従来の方程式が成立しなくなった。これに加え、現地における高度人材の離職率の高さ、技術・ノウハウの流出リスク、および品質管理コストの増大が企業経営を圧迫している。
•サプライチェーン断絶リスクの低減意欲
パンデミックや海上物流の混乱(船便の停滞、海上運賃の乱高下)を経験したことで、消費地に近接した立地で生産を行う「近接生産(ローカル・フォー・ローカル)」の価値が再認識されている。リードタイムの劇的な短縮は、在庫圧縮とキャッシュフロー改善に直結する。
しかし、国内に工場や研究所を建設しようとした際、障害となるのが「建設作業員不足に伴う建築コストの高騰・工期の長期化」および「稼働後の工場労働者の確保」である。
したがって、国内回帰を成功させるためのCRE戦略には、単なる用地確保にとどまらず、「周辺エリアの労働力供給能力の精査」「省力化・自動化ラインの先行導入」「従業員向け通勤インフラ・住宅のセット整備」といった高度な複合開発のアプローチが求められる。国内回帰の潮流は、地方都市における産業用不動産の需要を強力に押し上げている。
日本経済は今、「デフレと労働力過剰の30年」から「インフレと構造的人手不足の時代」へ移行している。

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