第1部 不動産の損益と時価会計
第2部 会計基準の変遷と企業価値の見え方
第3部 会計基準が加速させる“不動産の流動化”
第4部 サステナビリティと非財務情報の開示
村木 信爾
不動産鑑定士
明治大学グローバル・ビジネス研究科 兼任講師
MBA(米国ワシントン大学ビジネススクール)
時価会計やIFRSの導入、非財務情報開示により企業不動産のあり方は大きく変化。
CRE戦略が株価や企業価値に与える影響と、不動産売却・再編のポイントを解説します。
※時価会計とは、保有する資産や負債を市場価値に基づいて評価し、その価格変動を財務諸表へ反映する会計手法のこと。企業が保有する不動産や金融資産の含み損益が可視化されるため、経営資源の効率的な活用やCRE戦略の重要性を高める要因の一つとされています。
※IFRS(International Financial Reporting Standards「国際財務報告基準」)とは、国際会計基準審議会(IASB:International Accounting Standards Board)が策定する国際的な会計基準で、世界140以上の国・地域で広く採用されています。
戦後の1945年からバブル経済の崩壊まで、地価は一時的に下がった時期はありましたが、総じて上昇傾向にありました。日本の企業(申告納税法人約290万社)の約8割を占める昭和30年代から40年代に創業した企業(中小企業が98%)の多くは不動産を買い、その値上がり益の恩恵を受けて借入を増やして事業を拡大し、経営上の危機は不動産の売却により切り抜けてきました。不動産の含み益は、いざとなったときに利用できる予備的な資産として認識されてきました。そのため、地価上昇局面における従来のCRE戦略といえば、将来の売却機会に備え、積極的な有効活用を行わず、更地のまま保有しておくケースも少なくありませんでした。しかし、バブル崩壊後の国際的な時価会計化の流れにより、日本でも賃貸用不動産や遊休地の含み益が多く、所有不動産の収益性が低い企業は、ステークホルダーからなぜそのような不動産を保有しているのか、含み益を十分活かしていないのではないか、地価下落の際にはどう対処するのか、と問われるようになりました。
日本は、2006年3月期から適用された固定資産の減損会計から始まり、時価会計化の流れにあります。日本の会計基準も変化し、近年はESG関連の非財務情報の開示が求められるようになり、それらが企業価値に影響を与え、企業のCRE戦略にも大きな影響を与えています。
例えば、減損会計の導入時には、土地に大きな含み損を抱えていた企業が減損処理することによって、貸借対照表、損益計算書に大きく影響し、その結果、ROAやROE などの財務指標も悪化しました。企業の非財務情報の開示に関して、環境規制の強化に伴う会計制度の変更は、他の法制度、税制度の変更に伴うリスクとともに、移行リスクとして認識されています。企業の保有する不動産が市場環境や社会環境などの外部要因の変化によって、価値が毀損し、「座礁資産」になるリスクを抱えているということです。
※減損会計(Impairment Accounting)とは、資産の収益力が低下し、帳簿価額(簿価)を回収できなくなった場合に、その価値の下落分を損失として計上する会計処理のこと。
※ROA(Return On Assets:総資産利益率)とは、企業が保有する総資産をどれだけ効率的に活用して利益を生み出しているかを示す財務指標のこと。
※ROE(Return On Equity:自己資本利益率)とは、企業が株主資本をどれだけ効率的に活用して利益を創出しているかを示す財務指標のこと。
※ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス・企業統治)の頭文字を取った概念で、企業の持続可能性や中長期的な企業価値を評価するための重要な視点。
会計情報は、経営者の意思決定を支援し、かつ企業内の各組織の事業活動をモニタリングするもので、CRE戦略にも大きな影響を与えます。企業の会計は、財務会計と管理会計に区分できます。財務会計は、投資家や債権者、税務署など利害関係者(ステークホルダー)に財務状況や経営状況を決算発表時等において報告するためのものです。また、管理会計は、経営者などが自社の経営管理をするための社内向けの会計で、自社の状況を把握して意思決定に役立てるためのものであり、多くの不動産情報もその対象になります。財務会計において、企業が公表、開示する情報は、株価に影響し、その結果、企業価値にも影響します。管理会計においてまとめられた情報は、CRE戦略にも利用されるもので、財務会計に影響します。
企業価値の算定においては、インカムアプローチ、コストアプローチ、マーケットアプローチの3つのアプローチがあります。インカムアプローチは、将来見込まれる収益の価値に着目した評価手法で、将来獲得される利益、キャッシュフローまたは配当を現在の価値に還元し、企業価値を算定します。コストアプローチは、企業の純資産価値に着目して企業価値を算出する評価手法で、貸借対照表から算出するため客観性が高く、中小企業のM&Aで用いられます。簿価純資産法、時価純資産法、清算価値法などの具体的な評価方法があり、資産と負債の明確化を通じて、企業価値の妥当性を見極めるのに役立ちます。マーケットアプローチは、同業他社の市場情報や過去の類似取引を活用することで、客観的かつ実務的な企業評価を可能にする手法として注目されています。マーケットアプローチには市場価値平均法、類似企業比較法、類似取引比較法があります。マーケットアプローチは、基本的に株価によるアプローチなので、株価の動きが企業価値に影響します。したがって、会計情報は投資家にとって有用であり、かつ未知の情報であればその公表により株価に反映され、企業価値に影響します。
不動産の購入が株価に与える影響は、その時の経済状態にかかわらず少なく、一方、不動産の売却は、株価にポジティブな影響を与えるという研究があります。(※1)不動産を売却した企業の負債比率が大きい場合や流動比率が低い場合には、負債の返済資金になり、資金返済が滞るリスクが小さくなり、流動比率が改善し得るため、株価にポジティブに影響する傾向があります。売却は、財務内容を改善させると市場が評価していると解釈できます。また、売却する不動産に含み益がある場合は、売却によって特別利益を生じ、含み損がある場合は、特別損失を生じます。バブル期に保有不動産を売却した企業の多くは、含み益の顕在化によって財務指標を改善させました。
※1 山本卓著『財務情報と企業不動産分析-CREへの実証的アプローチ-』(2009年、創成社)p17-19、p154-158
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