第1部 経営上の投資用不動産の位置づけ
第2部 自然災害と所有者責任
第3部 AI・ACTの発達、利用するデータの多様化
第4部 CREにおけるESG・SDGs
村木 信爾
不動産鑑定士
明治大学グローバル・ビジネス研究科 兼任講師
MBA(米国ワシントン大学ビジネススクール)
ESG投資が初めて提唱されたのは、2004年に国連の報告書「Who Cares Wins」で、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3要素を投資判断に組み込むべきだと示されました。2006年に国連が責任投資原則(PRI: Principles for Responsible Investment)を制定し、不動産に関しては、同年責任不動産投資(RPI:Responsible Property Investing)、2009年にはグレスビー(GRESB :Global Real Estate Sustainability Benchmark)が創設されるなど、世界に拡がっていきました。日本においては2015年に国連で持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)が公表され、パリ協定に参加した頃から、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF: Government Pension Investment Fund)などの機関投資家や国もESG投資に非常に力を入れ始め、不動産投資家にもその認識が拡がっています。
現在、一般企業、投資家、ファンド、公共団体など、すべての企業や組織は、自社だけではなく、原材料の調達先から販売先等サプライチェーンにおいてもESG、SDGsの配慮を求められ、また、自社のステークホルダーである投資家、株主、金融機関、監査法人等からも、企業活動のあらゆる場面においてESG・SDGsへの配慮を要請されています。
米国では2020年以降、ESGに対して若干逆風が吹き、2025年に第2次トランプ政権になってからは再びパリ協定から離脱し(2026年1月効力発生)、また、EUにおいても、2025年2月に提出された法案により、これまで出されてきた厳しい規制について、適用対象企業の縮小、適用開始時期の延期、報告要件の簡素化等が審議されているなど、若干足踏み状態ですが、2050年のカーボンニュートラルを目標から降ろしたわけではありません。
政府は毎年、省エネ住宅への減税など、減税策や補助金制度を設け、また、建物に関しては、建築物のライフサイクルカーボン(新築時から除却時までのCO2等)削減に取り組むなど、ESG投資を推進しています。
建築セクターのCO2の排出量は大きく、全世界において約3分の1を占め、環境に大きな影響を与えています。以下ESG項目を列挙し、CREに関連する項目を簡記します。
1.省エネルギー性の向上(エネルギー・水利用効率の高い建築・設備導入とその効率的運営)
2.再生可能エネルギーの使用(太陽光発電などの再生可能エネルギーの発電、使用)
3.資源循環(廃棄物発生の予防と再生資源の利用促進:リデュース(廃棄物の発生抑制)、リユース(再使用)、リサイクル(再資源化))
4.生物多様性と生態系の保全と回復(緑化の推進や地域生態系に配慮)
2020年のコロナ禍の影響で、健康、快適性、利便性、安全性等ビルの性能について注目されるようになりました。健康・快適性とは、空間・内装、音、光、熱・空気等の環境の他、リフレッシュルームの設置などです。利便性とは、駅や利便施設へのアクセス、コミュニケーションの取りやすい場所、机やパーティションの配置、情報通信環境の充実などでし。安全性とは、建物耐震性(PML等)、有害物質がないこと、水質、セキュリティ、コロナ対応(換気性など)が挙げられます。これらは人事マネジメント(HRM)の課題であり、このような性能を満たさないと、良い人材が採用できず、良い人材が転職してしまうきっかけになり、企業価値、不動産価値に影響します。
近年、水害、がけ崩れ、地盤沈下など自然災害が多発しており、CRE戦略においても適切なリスクの把握が求められています。土地・建物に対する物理的対策のほか、避難訓練などのソフト面、さらに事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)や事業継続マネジメント(BCM:Business Continuity Management)が挙げられます。
その他、S項目では地域社会・経済への貢献、超少子高齢化対応などが挙げられます。なお、国土交通省は主にS項目につき、2023年3月、『「社会的インパクト不動産」の実践ガイダンス』をまとめ、ウェブサイトで公表しています。
コンプライアンス、内部統制など、一般に企業に求められるガバナンスのほか、不動産取引においては、複数の担当者や外部専門家によって売買価格や取引のプロセスに不正がなかったことのチェック体制があるかどうかなどが挙げられます。
※PML:Probable Maximum Loss(予想最大損失率)不動産投資や保険業界で使われる地震リスク指標。想定される最大規模の地震が発生した場合に、建物がどれだけ損害を受けるかを再調達原価に対する割合(%)
ESG関連の主な総合環境性能評価・認証制度として、CASBEE、LEED、DBJ Green Building 認証があり、不動産会社・ファンド向け認証制度としては、GRESBがあります。これらの認証件数は年々増加してきていますが、たとえばGRESBは2024年、J-REIT市場では57社が参加し、その参加率は99.4%(時価総額ベース、2024年9月24日時点)です。
その他、建築物の省エネルギー性能表示のBELSや、国の省エネルギー住宅、省エネルギービルについての認証制度として、ZEH(ゼッチ)とZEB(ゼブ)等があります。
従来の認証が建物の環境性能に重点を置くのに対し、建物が人に与える影響に主軸を置いたWELL Building Standard(通称WELL認証)が2014年に米国で開発され、現在は世界のオフィスや医療施設、教育機関、商業施設などで導入が進んでいます。
※CASBEE:Comprehensive Assessment System for Built Environment Efficiency(建築環境総合性能評価システム)日本で開発された建築物の環境性能評価ツール。建物の省エネ性能、環境負荷、室内環境の質などを総合的に評価。 国土交通省の支援で2001年に策定され、現在は自治体や企業で広く利用されています。
※LEED:Leadership in Energy and Environmental Design 米国グリーンビルディング協会(USGBC)が開発・運営する、環境に配慮した建物に与えられる認証制度です。建築全体の企画・設計から建築施工、運営、メンテナンスにおける省エネルギーや環境負荷を評価することにより、建物の環境性能を客観的に示すことができることから、米国を中心にLEED認証の取得が拡大しています。
※DBJ Green Building 認証:「環境・社会への配慮」がなされた不動産とその不動産を所有・運営する事業者を支援する取り組みとして2011年に日本政策投資銀行(DBJ)が創設した認証制度で、実際の認証業務は一般財団法人日本不動産研究所(JREI)が行っています。
※GRESB:Global Real Estate Sustainability Benchmarkグローバル不動産サステナビリティ・ベンチマークの略でしたが、2016年に、インフラストラクチャーにも評価対象が拡がったため、GRESB(グレスビー、グレスブ)と略語で総称されるようになりました。不動産セクターの会社・ファンド単位での環境・社会・ガバナンス(ESG)配慮を図り、投資先の選定や投資先との対話に用いるためのツールとして、APGやPGGMなどの欧州の年金基金を中心に2009年に創設されました。
※出所:https://www.gresb.com/nl-en/2024-real-estate-assessment-results/
※BELS:Building-Housing Energy-efficiency Labeling System 建築物省エネルギー性能表示制度の略称で、日本における建物の省エネルギー性能を表示する第三者認証制度で一般社団法人 住宅性能評価・表示協会が運営しています。
※ZEH:Net Zero Energy House 家庭で使用するエネルギーと、太陽光発電などで創るエネルギーのバランスをとり、1年間で消費するエネルギーの量を実質的にゼロ以下にする家のこと。
※ZEB:Net Zero Energy Building 快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間のエネルギーの収支をゼロにする建物。
ESGへの配慮が企業価値と不動産の価値に及ぼす影響
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ESGの配慮は社会的要請であるというものの、企業にとってはそれが企業価値や不動産の価値に好影響を与えるのかどうかは大きな関心事です。
企業価値への好影響としては、環境規制や社会的批判による訴訟リスクを回避でき、安定的な経営につながります。また、環境・社会への責任を果たす企業として、消費者や取引先からの信頼を獲得しやすく、ブランド力が強化されます。さらには、ESGに配慮する企業は、長期的なリスク管理や持続可能性を重視していると投資家からの評価が向上し、機関投資家やESGファンドからの資金流入が増えます。
不動産価値への好影響としてはCASBEE、LEED、WELLなどの認証を取得した建物は、賃料や売却価格でプレミアムがつく可能性があります。またZEHや省エネ設備導入により、エネルギーコストが低減し、長期的な収益性が向上します。
ESG配慮のあるテナント企業は増加しており、そのようなテナント企業は安定性があり安定した賃料が得られる優良テナントでもあり、空室率の低下につながるといえます。
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