今回は、CRE戦略策定段階の課題の大きな柱である、新規に企業がビジネスを始める際、または撤退する際に必要な立地戦略の基本について考えてみます。立地戦略の基本は、製品やサービスの需要と供給を踏まえ、その企業にとっての使用価値が最大になるような利用方法が実現できる場所を選択することであるといえます。投資用不動産を除いて、以下、用途ごとに立地選択における検討事項を簡記します。
1. 本社、営業所
本社や営業所は、その企業の発祥の地、経営戦略、マーケティング戦略、事業特性、取引先等の立地などが問題になります。コロナ禍以降、在宅勤務が増え、フリーアドレスを多用することにより、本社の面積をダウンサイジングして、都心の周辺部や郊外から都心の中心部に移転した企業があります。また、地方都市に立地する企業が本社移転する際には、地域の雇用維持の観点から地元から抵抗を受ける場合があります。
2. 独身寮、社宅
独身寮、社宅は、企業が従業員に便利さ、快適さを提供するフリンジベネフィット(福利厚生)の一種であり、事業を裏で支える不動産です。その立地条件は、職場との距離が近く、通勤に便利で、安価で快適であることが求められます。近年、寮や社宅で同僚との共同住宅を避ける人も多くなってきているため、各企業は家賃補助制度などを充実させて、選択肢を増やすほうに向かっています。但し、新入社員教育等の目的のため独身寮を利用する企業は多くあります。
3. 工場
広大な土地が安く手に入り、原材料に近く、労働者の供給が得やすく、工場としての水、電力などのインフラが整い、物流施設や消費地にも近い立地が理想的です。集積の効果もある工場団地が伝統的な工場立地ですが、近年は、生産設備の効率化やロボットの充実などにより、立地条件も変化してきています。工場用地は、一般的に工業団地などにおいて購入することが基本ですが、鹿児島臨空団地など10年以上50年未満の借地借家法に基づく事業用定期借地権(リース)を活用した誘致が各自治体により行われています。
4. 物流施設
基本的には、工場団地やインターチェンジ、港、駅などに近接し、トラックが通れる道路幅が確保され、近隣からの苦情も少なく、パートの労働力が供給可能な住宅地にも近いこと等が立地条件です。近年、自走式の物流施設用の大規模な区画地が増える一方、宅配便の増加に伴い、小規模でも小回りが利く4トントラックが使える都心の便利な立地敷地も望まれています。2024年問題によりトラックドライバーの労働時間規制が強化され、労働者不足や輸送コストの上昇、ESG配慮の動きにより、従業員が快適に過ごせる、環境に配慮した物流施設の供給が増え、またリニア式の設備など機械化、無人化による合理化が大きく進展しており、複数の拠点の集約や配送効率など業務効率を加味した物流施設の再配置などの検討が必要となっています。
5. 研究施設
静かで大きな敷地が得られる、地方都市のほうが適地のようにも考えられますが、優秀な研究員を雇い、営業事業部等とのコミュニケーションが図れる都市の本社近くが望まれます。60%を超える自己資本比率など、財務体質の良好だったキャノンは、2002年に新しい本社棟が完成した後、地価が高い大田区下丸子や川崎市に研究開発部門を集約しています。
6. 商業施設、店舗
商業店舗は、繁華街か幹線道路(特に生活道路)沿いに集積しています。商業事業者は、一般に想定商圏における労働人口、その平均収入、商業売上、人流、競合店などのデータから、潜在顧客の需要を想定し、その来店頻度、1来店あたりの客単価等から売上を予測し、家賃負担率、地代負担率のベンチマークを使ってその事業性を判断します。その金額が家主、地主の要求する地代や地価を超えていれば契約成立します。なお、ロードサイド店舗の場合、定期借地、定期借家が多く、期間は20年から35年程度が大半です。食品店、洋品店など最寄り品店舗の場合は、前面道路の人通りの重要性は高く、クリニックなどの目的店舗では立地の重要性は比較的低いと言えます。ネット販売中心の企業においては、配送用の保管倉庫のニーズが大きくなっていますが、実物店舗も、顧客との直接的なコミュニケーションや商品の体験を通じて、顧客満足度を高める役割や、銀座の店舗のように、立地によってブランディングの役割を担っています。
7. ホテル
主要都市の場合は、駅等からの利便性、主要企業、繁華街との近接性など、観光都市では観光地との近接性や、自然との関係からホテルのグレード、ブランドに応じた立地が求められます。フルサービスホテルにおいては宿泊、宴会、商業施設それぞれの需給が考慮され、宿泊特化型、リゾート型などそれぞれの特性に応じた立地があります。
8. 介護施設、病院
介護施設、有料老人ホーム、病院などヘルスケア施設は、高齢者人口・高齢化率などを基本に、繁華性の少ない場所でも立地が検討されますが、入所する本人というより家族の利便性も大きな要素です。病院には、医療保険制度や医療圏の制度があり、最も身近な一次医療圏から、高度医療を担う三次医療圏まであります。
9. データセンター
近年データセンターの需要が旺盛ですが、データセンターの立地選定は、企業の事業継続計画(BCP)やコスト、環境負荷など、様々な要素を総合的に考慮して行う必要があります。データの需要が大きい地域から一定の距離内(例えば50km)で、一定規模の敷地であること、特に、防災面に配慮して地盤が強固な土地が求められています。国内では、東京圏と大阪圏にデータセンターが集中する傾向がありますが、近年では地方分散の動きも見られます。
10. 遊休不動産、駐車場、山林等
長年保有してきた遊休不動産や、M&Aによって取得した山林などの遊休不動産は、将来利用する可能性がない限り処分の検討対象です。山林、森林については、管理をする人が不足し、事業としても採算性に問題があり、森林法、農地法等による制限があるため一般に売却は難しいのですが、近年、Co2を吸収し、排出が少ない建物として木造が注目され、また、Jクレジットとして利用されるなど、緑の価値が注目されているので、CREとしての位置づけが変化してきています。
11. 投資用不動産の場合
投資用不動産の立地戦略は、経営戦略の中で不動産事業を一つのコア事業として位置付け、不動産投資のプロとしての目線の投資基準に基づくべきものです。既に保有している不動産をどう有効活用し、あるいは売却、賃貸するかを検討する際にも、投資用不動産としての目線が必要です。実際の立地、投資基準等については、ここでは省略します。
12. 立地選択のためのツール
古くからハフモデル等の立地分析ツールがありますが、近年人口動態、商業売上、工業生産などのデータを可視化し判断するためのツールであるGIS(Geographic Information System:地理情報システム)を利用した立地分析が行われ、また、携帯の位置情報データ、衛星画像データ、気象データなどのオルタナティブデータも企業の立地戦略策定において利用されています。